第22回 2冊の反戦絵本

2冊の反戦絵本


1980年、創作絵本入門科を受講していた時のことです。特別に金の星社編集の方が私たちに1冊の絵本を紹介してくれました。「かわいそうなぞう」(作・つちやゆきお)はスケッチのような画風でゾウが描かれている絵本です。戦争中、上野動物園で3頭のゾウが殺された実話です。動物園ではオリが爆弾で壊され猛獣が逃げる危険を防止するためやむなく、エサに毒を入れて殺処分しました。ところが――ゾウだけはエサを食べようとはしなかったのです。そこで、餓死させることにしました。何日もエサを与えずにいると、ゾウたちは必死に芸をはじめました。芸をすればエサがもらえると思ったからです。

結局、ジョン、ワンリー、トンキーの順で死んでいきました。

飼育員は空を見上げ、「戦争をやめろ! やめてくれー」とB29やゼロ戦に向かって叫び続けました。ところが絵本はこの1ページを入れたことによって散散、批判を受けました。激しい戦況の中「戦争をやめろ!」と口にするのは、リアリティーに欠けるものだったからです。因みに、この年の映画『翔べイカロスの翼』の中で、ヨネヤマ・ママコさんがパントマイムで「かわいそうなぞう」を演じていたシーンがありました。(さだまさし主演)

対照的な絵本に「えんぴつびな」(作・長崎源之介)があります。小学生の女の子視点で目がくりっとした愛らしい女の子が描かれています。疎開先で転校してきた女の子は隣の席でイタズラッ子のシンペイちゃんに「これやるよ」と、カエルを手渡されました。

女の子は「キャッ」と声をあげましたがシンペイちゃんにはなぜ、女の子が驚いたのかわかりません。ひな祭りの季節になると、今度は、シンペイちゃんは小さく削った、えんぴつで、おひな様とお内裏様をこしらえてくれました。

女の子の胸は、ときめきました。

シンペイちゃんはホッとして、三人官女も作ってくれると約束してくれました。が、その晩、シンペイちゃんは空爆に遭って死んでしまったのです。

女の子の手の中には、2本の短くなった、えんぴつびながあり、今でも大切な宝物です。そんな2人の心のふれあい以外は何も描かれてはいません。戦争の悲惨な描写もなければ、激しい怒りもありません。なのに、読者には深い悲しみが突き刺さってくるのです。

反戦児童文学に、リアルな描写や殺戮(さつりく)が必ずしも必要でないことを、この絵本に教えられました。

「かわいそうなぞう」(金の星社)と「えんぴつびな」(愛育社)は同じ反戦をテーマにした絵本ですが、これほどまでに描かれ方とスタイルが対極をなしている例もあるということです。

浜尾



童話作家|浜尾まさひろ

作成者|随筆春秋事務局 正倉一文

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