媒体露出
◆『生きものの記憶』
出版社 / 日本文学館 発売日 / 2007年1月1日
あとがき(本書より筆写&転載)
仄かな夕闇――。幼かった私が、なぜ下水が流れる(その頃の水は澄んでいた?)近くのゴミ置場のある空き地にじっと身を隠していたのか定かではありません。橋の上を、母と二人の小学生の姉が私の名前を何度も呼びながら懐中電灯を照らして歩いていくのが見えました。帰らない私を心配して探しに来たのでしょう。
それでも私は草むらの中で、幾つもの光が点滅している光景をぼんやりと眺めているだけでした。それが、生まれて初めて見た淡く緑色に輝いた"蛍"の光だったのです。
すっかり暗くなった闇の中で瞬くそれらの光が、子供だった私の目をとらえていました。不思議にあの時の情景が今なお走馬灯のように鮮やかに甦ってきます。脳裏に焼きついた生きものの記憶として――。
そして四十五年近くが過ぎた今、私にとって最初の創作集がこの本です。創作とは、記憶の断片に埋もれているものを呼び覚ます行為の一つであるような気がしています。
今にして思えば、立原えりか先生の童話教室で学び、先生編集による機関誌『ヒースランド』(元海賊)に長く執筆させて頂けたことが私にとって、大きな励みになっていたと思います。
そこでは子供が読者であることをあまり意識することなくイマジネーションの翼を広げることができました(童話という枠に縛られずに自由な発想で書くことができた)同時に子供の視点に立った創作は自分に不向きではないか……という迷いと、メルヘンやファンタジーは必ずしも子供の視点に立つことを強いられるジャンルではないのではないか、というジレンマに襲われながらも、作品自体がショートショートのような形になっていきました。そのせいか、他の同人仲間の作品に比べ、私の作品はどこか浮いていたのではないかと思っています。
この本に収められたほとんどの掌編は、一九九四年から二〇〇四年までに『ヒースランド』に発表したものを何年にもわたって加筆修正したものです。
毎朝、六時に起床して出勤前の一時間をアイスコーヒーをすすりながら作品をチェックする時間にあて、仕事が終われば次の仕事へ向かう前の一時間をまた作品と睨み合います。いつしかそれが習慣になっていました。十回、いや、二十回以上も書き直したものもあります。何度も読み返していると、必ずアラや不足部分が見つかり、省略よりも書き足して補ったものが大部分でした。
そうやって練り続けることによって、完成度が増していくことが手にとるようにわかると、心の底から嬉しさが込み上げ、書き続けて良かったという思いでいっぱいです。私にとって創作は魂を磨くことのできる場であり、それが童話であれ小説であっても、これからも書き続けることが『生きる歓び』そのものだと確信しています。
タイトルは故、黒澤明監督作品『生きものの記録』からヒントを得ました。表紙は友人のイラストレーターである大橋ケンが描いたものです。
長年にわたってアドバイスをくださった元虫プロの松尾信吾さん、出版の機会を与えてくださった日本文学館の田中大品さん、編集の金澤厚さんに心から感謝を致します。ほんとうにありがとうございました。
二〇〇六年 十月八日
浜尾まさひろ
◆『童話は甘いかしょっぱいか』
出版社|文芸社
『童話は甘いかしょっぱいか』(浜尾まさひろ著)
発売日|2012年7月1日
自費出版文化賞 特別賞
『童話は甘いかしょっぱいか』(浜尾まさひろ著)
朝日新聞|2020年9月17日
はじめに(本書より筆写&転載)
子供の頃、僕は本を読むのが嫌いだった。
小学生だった撲は、本にはまったく関心がなく、マンガ本ばかりに熱中していた。自慢ではないが、読書感想文なるものを書いたこともなければ、そのために何かの本を読んだ記憶すらなかった。本を読みなさい、本を読まなければ立派な人間にはなれません……という大人たちの押し付けがましさに嫌悪感を抱いていたからなのかもしれない。
そんな僕が、大人になって、ふと気づいてみると、詩を書いたり童話を書き始めていた。
そしてあろうことか、童話のコンクールに応募した作品が入選してしまったのである。
それは僕にとって、奇跡といっていいほどの出来事だった。世の中って、わからないと思う。運命なんて先の先まで決まっているわけではない、と最近になってつくづく感じる。
「好きこそ物の上手なれ」とのことわざにもあるとおり、人間は自分が夢中になれることに対してはすべての情熱をぶつけることができるのだろう。
しかし、好きなことと、上手にかけることとは別問題である。
童話は子供から大人まで、誰にでも書ける文学であると同時に、これほど難しいものはないのかもしれない……というのが僕の結論である。
けれど、書き続けてさえいれば、いつかはきっと誰もが達成感が得られるということもまた事実である。そのことは、僕が身をもって実感したことでもある。
僕のような人間が書いた作品でも、賞を獲得することができるのだから……。
この本は、童話をめぐる約三十年間の自分の歩みを振り返ったものだ。その中でも特に、池袋コミュニティ・カレッジにおいて立原えりか先生の童話教室で学び、作品集を自費出版するに至った十年間の体験に焦点を当てて綴った。
書いている人。
書き続けている人。
また、書き始めようとしている人にとって、何らかの励みや参考になれば嬉しい限りである。
浜尾まさひろ
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